授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、放課後になると学園内に居る生徒達は、お互いに声を掛けあいながらいそいそと寮へ戻って行った。
それからしばらくして、狼男や魔法使いなど、様々な"仮装"をした生徒達が学園内を歩き始める。
――そう、今日は10月31日、ハロウィンだ。

ハロウィンパーティーをしよう。
初めに発言をしたのは一体誰だったか、今となっては分からない。けれども、誰かが発したその声に賛同するように、徐々に声が大きくなっていった。
その結果、ハロウィン当日の今日、学園内の至る所にカボチャの置物が置かれ、仮装した生徒達が学園内を歩き回っている。

「まぁ……俺も参加者の一人、なんだけどさー……」

ハル、ユキヤと共に寮に戻り、今はもうハロウィン用の衣装に着替え終わってはいたが、部屋の中でゆるゆるとした時間を過ごしていた。
ふあああ、とあくびを噛み締めて、頭についた耳と首元のマフラー、それらと共に風に揺れる尻尾を触って確かめる。大丈夫、取れてはいないようだ。
放課後の有意義な時間に、昼寝を堪能しようかと思っていたけれど、イベント好きの友人・ハルに誘われ、あれよあれよと言う間に気が付いたらこんなことになってしまっていた、というのが現状である。

(狼男って言ってたっけ)

自分の事なのに実感が湧かないのは、流されるままに準備を進めてしまったせいだろう。
ふわふわとしているとクラスメイトのユキヤに言われることが多く、自分でもなんとなく理解しているつもりだったが、気が付いたら耳と尻尾がついてしまっていたとなっては、ふわふわ加減もいよいよ境地に達したかなといった気分になる。

(別に、なんでもいいけど……)

ぼんやりとした意識の中、このまま寝ちゃってもいいかな、そう思った瞬間、聞き覚えのある声が耳に届く。

「荊木、起きろ。立ちながら寝るな」
「んー……起きてるよー……」

今まさに寝ようと思っていたところだ、とは伝えずに、眠りそうな目をこすって答える。
その答えに、目の前で眉間に少し皺を寄せて立っている、黒い三角帽子をかぶった『魔法使い』ことユキヤは、更にもう少しだけ眉間の皺を深くした。
――そう言えば「起きろ」と言われる前から、起きている状態でいるのは初めてかもしれない。

(いつも起こされるか、横になった時に怒られるか、だもんねー……)

そんなことを考えながらあくびをしていると、やれやれといった表情で溜息をついたユキヤが視界の端に映った。俺、ちゃんと起きてるのになぁ。

「着替えが終わったら、部屋の前で待っていろと言っただろう? まったく、お前は……ほら、これもつけるんだろ? それからお菓子を入れるケースも……」

そう言って手渡されたのは、もふもふとした感触の狼の爪がついた手袋とカボチャ型のプラスチック製ケース。ケースの中には昨日詰めたマカロンがぎっしり詰まっていた。

(入りきらなくてちょっとだけ押し込んだから、もしかしたら潰れちゃってるかもしれないけど……まぁ、いいか)

ユキヤのお母さんモードにスイッチが入った瞬間、部屋の扉が開き、眼帯をしたハルが飛び込んできた。ユキヤは魔法使いの恰好をすると言っていたけれど、ハルは……何の恰好をするって言ってたっけ。

「ゆきやーん、そーちゃーん、準備できたー?」
「あぁ」
「ハル、その恰好……伊達政宗?」
「ええええええ!? なんでそうなったのさ!?」

予想通りの反応に、口角が上がる。

「え、この間歴史の授業の時、眼帯してる写真載ってた、から?」
「もー、眼帯しか見てないじゃん! 他にも海賊要素あるでしょ!? 帽子とか服とか!」

そう言われて、上から下まで眺めてみる。確かに、海賊要素は他にもある……気がする。右手がフックになってるし。

「それにしてもさ、そーちゃん、狼男の恰好に合うよね! ちょっと狼の真似してよ!」
「狼の真似って……んー……こう?」

 がおー、と言いながら顔の横で右手を振ってみる。どちらかというと、狼というより招き猫のようになってしまったような気がしなくもない。

「ふぁ……ちょっとこの衣装、もふもふしててあったかいから、眠たくなってくるよね……」
「ええええええ!? そーちゃん、寝ちゃ駄目だぞ!!」
「ほら、神崎。荊木が寝る前に外連れてくぞ」
「あー……」

魔法使いと海賊に半ば引きずられるようにして、寮の自室を後にした。

* * *

学園内を歩いていると、自分達と同じように仮装をした生徒達とすれ違う。
十人十色とはよく言ったものだと思う。黒猫の恰好をした者や、シーツでおばけを表現した者、それからピエロのような恰好をした者まで、多種多様なおばけ達で溢れかえっていた。
『パーティー』と名のつくものに力を入れがちな学園の方針のおかげか、演劇部がこれからハロウィンの題目で何か一つ公演をするかのような、凝った衣装を着た生徒達ばかりだ。

廊下の至る所で、「Trick or Treat!」という声が響き渡っている。
本来ならば「お菓子をくれないと悪戯をするぞ」と、相手に伝え、悪戯をされては困るからお菓子をあげるといった使い方が正しいものなのだが、王立王子学園ハロウィンパーティーにおいては、お菓子を交換する際の掛け声と化していた。
それもこれも、自分で用意をしたお菓子と、相手が持っているお菓子を交換して、どれだけたくさんの種類のお菓子を手に入れることが出来るかというのが、王立王子学園ハロウィンパーティーの楽しみ方の一つになっていたのが原因だろう。
時間短縮と言った意味では、「Trick or Treat」の掛け声と同時にお菓子のやり取りをする、というのは理にかなってはいるのだが。

「さて、と! 今日は持って来たお菓子を全部交換する勢いで、頑張るぞ〜!」

右手のフックにぶら下げたカボチャ型のケースを揺らしながら、神崎はニッと笑った。

「頑張るのはいいが、お前もちゃんとお菓子を用意したんだろうな」
「もちろん! カエル型のクッキーだよ!」

ほら、とでも言いたげにカボチャ型のケースの中身を見せてくる。ケースを覗き込んでみると、なるほど確かに、カエルの顔の形をしたクッキーが何枚も入っていた。
万が一、「用意するのを忘れた!」と言われた時用に予備のお菓子を準備していたが、それは使わなくて済みそうだ。

(……俺は神崎の母親か何かか)

安堵したのも束の間、自分の行動に頭を抱えたくなった。

「そうだ、二人とまだお菓子交換してなかったよね! ってことで、Trick and Treatだよ! そーちゃん! ゆきやん!」
「Trick or Treatだ。ほら」
「ん、Trick or Treatだねー」

自分の持っているカボチャ型のケースから、リンゴ味のキャンディを取りだし二人に差し出す。神崎からは先程見せてもらったクッキー、荊木からはお城のシルエットがプリントされたマカロンを受け取った。

(若干マカロンの端がつぶれかけているが、この際気にしないことにしよう)

荊木の事だ、眠気を我慢しながらぎゅっと詰め込んだのだろう。覚えていただけでも及第点を与えてもいいレベルだ。荊木と神崎とは、一年の頃から同じクラスだが、年々成長しているらしい。昔の荊木なら、睡眠を優先して準備を怠っていただろうし、神崎に至ってはイベントの日にちを間違えて、前日か下手をしたらイベント当日に慌てて準備をしていただろう。
だからこそ、今日の二人の行動は良い傾向に向かっている証拠だ。
――と、思っていたのだが。

「あっ! あそこにいるのは……、こんにちはー! せんぱーい!」
「あ、こら神崎! だから廊下は走るんじゃないと、何度言ったらわかるんだ!」

廊下を走らない、という決まりを守ることに関してはまだまだ成長途中のようだ。
やれやれと溜息をつくと、横にいる荊木がくすくすと笑いをこぼしながら

「ユキヤ、やっぱりハルのお母さんみたい」

そう呟くので、今度こそ頭を抱えて大きなため息をつく事しか出来なかった。

* * *

廊下を見まわしていたら、見知った姿を見かけて、思わず走り出していた。
視線の先には三人の先輩。ミイラ男の恰好をしたサッカー部の元キャプテン、美女と野獣の王子様・柳生琥太郎先輩。悪魔の恰好をした辛いものとお花が好きなことで有名な親指姫の王子様・柊秋親先輩。それから、吸血鬼の恰好をした白鳥の湖の王子様・白鳥伊織先輩。白鳥先輩は演技のお仕事をしているからか、オレみたいに服装だけじゃなくて、全体的な雰囲気までも自然と作り上げているように見える。
走って行く足音に気付いたのか、先輩達が振り返り、俺の姿を見ると少しだけ笑ってくれた。

「神崎か。相変わらず元気がいいな」
「その恰好は……海賊、ですか」
「似合ってるぞ」
「へへっ、ありがとうございます!」

そーちゃんに間違えられてしまった海賊の恰好だけど、無事に伝わったらしい。

(というか、ここでも間違えられちゃったら、一生懸命準備したのにちょっと悲しいよね!)

「こら、神崎。廊下は走るなと言ったのが聞こえなかったのか?」

 眉間にしわが寄ったゆきやんと、眠たそうにあくびをするそーちゃんもやってきた。ゆきやんに謝ろうと口を開いた瞬間、同じタイミングで柊先輩がゆきやんに向かって指を突出し、

「あんまり怒ってばっかりだと、しわ、取れなくなっちゃうよ〜?」
「なっ……!」

楽しそうに笑いながら、ゆきやんの眉間を軽く指で押す。驚いたゆきやんは一歩下がりながら、自分の身を守るように杖を前に差し出した。

「こらこら柊くん。突然そんなことをしたら駄目じゃないですか。彼、驚いていますよ?」
「あはっ、ごめんね〜?」

先っぽがハート型をした尻尾を揺らしながら、小首をかしげて謝る柊先輩。その口元は相変わらず弧を描いていた。

「ねぇねぇ、そんなことよりさ、折角のハロウィンパーティーなんだし、お菓子交換しようよ〜!」

柊先輩の提案により、先輩達とのお菓子交換が始まった。白鳥先輩からは、ココアとバニラの味がする市松模様のクッキー。柊先輩からは、ミルクキャラメル。柳生先輩からは、薔薇味のチョコレートを受け取った。
カボチャ型ケースの中には、自分で用意したものも含めて、六種類のお菓子が詰まっている。

「どれから食べるか悩んじゃうね! ゆきやん!」
「賞味期限が早そうなものから食べた方がいいんじゃないか?」
「ええええ、ゆきやん現実的……」

 真面目な顔で答えを返すゆきやんの隣で、くすくす笑っているそーちゃん。いつも通りの光景。でも、ちょっとだけ物足りなくて。

(多分、あの子が一緒にいないから、なのかな)

頭に浮かぶのは今年転入してきたクラスメイトの女の子の顔。席が近かったり、課外授業で同じ班になることもあったりで、半年間一緒に居る時間が長かったからかもしれない。
そんなことを考えていると、柊先輩が嬉しそうな声で「あ〜っ!」と叫び、尻尾をゆらゆらと揺らしながら、他の人達のところへ走っていってしまった。それを見て、白鳥先輩がため息を一つ。

「すみません、それでは僕たちはここで」
「またな」

柊先輩を追いかけるように、白鳥先輩と柳生先輩も曲がり角の向こうへと消えて行った。

* * *

少しして、黒とオレンジのワンピースを着た同じクラスの女の子がぱたぱたと走ってきた。ユキヤとは違い、控え目なオレンジ色の三角帽子を頭の上に乗せている。

「ろ、廊下は走るなと言っているだろう」

ユキヤが少しだけ顔を赤くしながら彼女に注意をする。

「まぁまぁゆきやん、今日ぐらい見逃してあげようよ! この子、すごく可愛いし」

ハルもはにかんで頬を赤くする。ユキヤもハルみたいに、もう少しだけ素直になればいいのに、なんて思いながら、目の前のやり取りを見つめていた。
どうやら、先輩達に俺達の居場所を聞いたらしい。

「連絡、くれればよかったのに」

携帯電話を片手にそう告げると、彼女ははっと驚いたように目を見開いた。猫みたいだな、とぼんやりとする頭で考えていたら、無意識のうちに手が伸びていた。携帯電話を持っている手とは反対の手で、ぽふぽふと彼女の頭を撫でている自分が居て、少し驚いた。

「そーちゃん、何してるの?」
「んー……、身長が伸びるおまじないかな?」
「そんなのあるんだ! オレにもやってー!」
「一日一回しか効果でないから、ハルはまた明日ね」

(本当はおまじないじゃないんだけど)

ハルには心の中で謝っておこう。

「ほら、ハル。Trick or Treatってするんでしょ?」
「あっ、そうだった!」
「……うまく誤魔化したな」

ユキヤの言葉は聞こえないフリをして、ハルの言葉を待つ。俺とユキヤの会話に気が付かないハルは、カボチャ型ケースからクッキーを取り出して、彼女の目の前に差し出す。

「はいっ、Trick or Treat!」

彼女は少し笑って、ハルとお菓子を交換する。それから俺達の方に向き直り、「Trick or Treat」と告げてお菓子をそっと掌に置いた。可愛くラッピングされたものの中身は、紅茶のマフィンらしい。早く食べたいな、なんて思いながら彼女の掌にお返しのマカロンをそっと置く。潰れたりしていない、綺麗なやつを選んだつもり、だ。多分。
――と、ケースの中にマフィンを仕舞い終わったユキヤが彼女に尋ねる。

「これから予定はあるのか?」

ユキヤの問いかけに、こくりと頷く彼女。
着替え終わったらみんなで集まろうと、クラスの友人達と待ち合わせをしていたようだ。待ち合わせまでまだ時間があったので、もしかしたら会えるかもしれないと思い、俺達の事を探していたらしい。

「そっかー。一緒にまわれたらなって思ったんだけど、先に約束があるんだったらしょうがないよね。でも、君に会えてよかった!」
「せっかくだから、待ち合わせ場所まで送らせて。悪い宇宙人にさらわれないように。ユキヤもハルも、それでいいよね?」
「宇宙人がくるかどうかはまた別の話だが、王立王子学園の生徒たるもの、どんな時でも女性をエスコートすべし、だ。送り届けるぐらい何の問題もない」
「オレも大丈夫!」

どう? と、尋ねるように彼女に視線を向けると、顔を綻ばせ「ありがとう」と呟いた。
結論が出たところで、先程ユキヤが言っていた『エスコート』という言葉を思い出し、それならばと彼女に手を差し出す。
大きな目を俺に向けて、まばたきを繰り返す彼女に、

「――お手をどうぞ、可愛い魔女さん」

そう言ってほほ笑むと、恥ずかしそうに頬を染めるのを見て、緩む口元を見られないように空いている方の手で隠す。
きっとこの後、一拍遅れてユキヤとハルから何か反応があるのだろう。
彼女を含めた四人でのやりとり。今年ももう半分を過ぎてしまったけれど、出来る事なら来年もまた一緒にいられたらと頭の片隅で考えながら、おずおずと差し出される彼女の指先を見つめていた。